うたよむブログ

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森岡貞香さんの歌の魅力-作者の世界で自在に遊ぶ

森岡貞香さんの歌を鑑賞する時、私は不思議な魅力を感じながらも、ちょっとだけ安心をするのだ。
その理由は、解釈や感じ方を読者に委ねてくれる歌であるからだと、最近気づいた。

「現代短歌の鑑賞101」の解説文によると、森岡貞香さんのうたは難解派といわれることがあるそうだ。
もし、短歌の解釈の答えがひとつであるなら、森岡さんの歌は非常に難解かもしれない。
でも、難解な分、私たちが自由に鑑賞してよいのなら、ゆとりがあるともいえると思う。

樹の下の泥のつづきのてーぶるに かなかなのなくひかりちりぼふ 

私は拙い鑑賞者ではあるけれど、森岡さんの提示したキーワードや情景、視点を、自分の内に持つイメージで再構築する。

上記の歌も解釈はそれぞれかもしれないが、私は絵でイメージがわいた。

これはきっと写実的な歌。木の下にテーブルのある風景。
樹→泥→テーブルの脚から台へと、茶色に続く部分で視線が動く。
テーブルが、ひらがな表記されることで、なめらかな接続の感じを受ける。
物質は別々だけど連なっている何かを感じる不思議な感じ。

そして下句の「かなかなの鳴く光」とはまさに、絵画。
鳴き声まで聞こえるように描く…のは絵の一つのあり方。
光を描いて鳴き声を聴かせる。
そして、それを言葉に表すときっとこうなるのだ。

茶の繋がりを感じた不思議な感覚が、のどかな鳥の調べのある空間で起こった・・・という感覚と現実に即した美しい歌。

でも、この解釈は、きっと私が絵画をやっていた経験が引き出したものだと思う。
森岡さんはまた違う意識で詠んだのかもしれない。

詠み手の提示した世界を自分の経験に即して自在に読める楽しさ。
森岡さんの歌にはそんな魅力があると思う。



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