うたよむブログ

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わたしよりうつくしい眼のそのひとに…(大森静佳)

わたしよりうつくしい眼のそのひとに如雨露のような性欲だろう 
大森静佳/『てのひらを燃やす』H25

多すぎず、少なすぎず、ある花をきれいに咲かせるのに十分な如雨露の水。
そして、花に向かってだけ注がれる如雨露の水。
花はそれを知ってか知らずか、すくすくと育ち、うつくしく花を咲かせている―――
 
性欲が愛情とイコールとは言えないけれど、それを強烈に結び付ける断定を掲出歌は持っている。
それは、彼のまなざしが掲出歌に隠されているからだろう。

嫉妬とか羨望を知らないような、うつしい「そのひと」の眼。
彼女の眼の先に彼のひたむきなまなざしがあることを、「わたし」は感じ取っているのだ。
そしてそれは「わたし」がこの恋愛のかやの外にいることも意味する。
完全な片思い。

でも、だからこそ。
鑑賞者だからその美しさを詠むことができるのだ。花は花を詠むことができない。
そう考えると、短歌に恋の成就の歌よりも、叶わない恋の歌が多いのもうなずけるような気がしてくる。


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