うたよむブログ

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陶酔はきみだけでない睡蓮が・・・(前川佐重郎)

陶酔はきみだけでない睡蓮がぎつしりと池に酔ひしれてゐる
前川佐重郎/『天球論』H14

この歌を読んだ時、別世界に連れていかれた気がした。
黄色い芯を持つ目のさめるような色の睡蓮は、池一面に葉を広げ花を咲かせている。
その情景に心を奪われた。
しかし、その陶酔感は見た人だけではなく睡蓮自身も持っているという。
陶酔というと、ただ惚れ惚れとしているだけに思えるが、どうやらそれだけではないらしい。相手を変えてしまう力があるようだ。

以前、NHKのある番組で着物コーディネーターの池田重子さんの言葉が紹介されていた。
「自分が酔わなければ、人を酔わせられない」
この言葉を紹介した美容家のIKKOさんは、次のように続けた。「自分に酔うのとは全く違う」。
なるほど、自分酔うのは独りよがりの状態だ。しかし、自分酔うのは、どこか意志があり外の世界に働きかける力がありそうだ。

この歌の睡蓮も、自らが酔いながら人を魅了している。そこに、見た人を魅惑的な世界に引き入れて一体化させようとする睡蓮の力を感じるのだ。そしてこの歌自体も、読者をそのような睡蓮の世界へ引き込んでいく力をもっているのだ。
(『日本歌人』H28.9月号「私の前川佐重郎」より)


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