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行きて負ふかなしみぞここ鳥髪に・・・(山中智恵子) @現代短歌の鑑賞101

行きて負ふかなしみぞここ鳥髪に雪降るさらば明日も降りなむ
山中智恵子/『みずかありなむ』S43

自分で生き方を選択してきたつもりだ。
だから、自分が今ある状況を、誰かのせいにはしない。
良いことも悪いことも、自分が選んできた結果として受け入れてきた。

けれど、やはり自分の意志だけではどうにもならないこともある。
今まで培ってきた土台が、さらりと奪われてしまう、抗えない渦。
それを昔の人は「宿命」と言ったのだろう。

自分がその立場に立たされた時、ふと、この歌に共感を覚えた。

鳥髪(とりかみ)は、古事記に出てくる地名で、天にいた神が追われて初めて降り立った地上の地名のことだ。(=スサノオが高天原を追われて降り立った地のこと)。
母のいる国(黄泉の国)に行きたかったスサノオにとって、本意ではない地だったはずだ。

そこに、雪が降っているという。そして、明日も降るという。
悲しみにくれて立っている者をよそにただただ雪は降り続ける。
自然とは人間の(はたまた神の)感情をよそに降り続ける、とらえきれない広大なもののような気がしてくる。
なぐさめもしない、脅しもしない。ただ私たちを取り囲んでいる広大な力。
そして、私たちはその触れられない、動かせない空間の中で生きていくしかないのだ。

「行きて」は「生きて」とつながってくる。
この歌は、悲しみを負いながらも、進んでいかなければならない宿命の歌のように感じる。


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