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どうもどうもしばらくしばらくと・・・(高瀬一誌) @現代短歌の鑑賞101

どうもどうもしばらくしばらくとくり返すうち死んでしまいぬ  
高瀬一誌/『レセプション』H1

なんともアイロニカルな歌だ。
上句。そうそう、いるいる!こういう人!・・・なんて思いつつ下句に行くと、あらら、という展開。

一首を通して読むと、なんだか滑稽な感じを受ける。
その一方で、なんという皮肉だろう。
作者は、へつらう人の一生を、へつらうだけの一生として、バッサリと切る。
そんなことばかりして、何の意味があるのだろう?というように。

ところでこの歌、完全な破調の歌だ。
一読しただけでは、どこを区切って読めばいいかわからず立ち止まる。
だから流されずに、言葉と向き合うことになる。

ただ、区切り方として私は

どうも /どうもしばらく /しばらくと /くり返すうち /死んでしまいぬ 

と3・7・5・7・7読みたい。
最初の三文字がミソで、文字数は三文字だが、実際は
「どお~~も、どうも」
みたいに言っていたのではないかな、と推測する。
つまり、音節的に最初の「どうも」は四つか五つの音のリズムを帯びそうな気がする。

高瀬さんの歌は破調が多いが、立ち止まってじっくり読むと、実世界で独特のリズムを帯びた部分が破調になって出てきているようにも感じる。

意図的な破調ではなく、聞いた音のまま頭の中で言葉を走らせたり、たとえば歩きながら歌を考えその足のリズムに言葉をのせたり、そんな自由な形で歌を詠んでいったんじゃないだろうか。
指折りではないだろう。

「現代短歌の鑑賞101」を読むかぎり、下句は音節的にすぅっとおさまることが多い。
上句に生々しい音のありのままを流して、下句でまとめる。

だから破調のこの歌も、その現実的な生々しいリズムと相まって、不思議となじんでくるのだ。


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