うたよむブログ

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あおあおと一月の空澄めるとき・・・(岡部桂一郎)

あおあおと一月の空澄めるとき幻の凧なか空に浮く  
岡部桂一郎/『竹叢』

岡部桂一郎さんの『竹叢』(岡部桂一郎全歌集)より。

凧なんて最後に見たのはいつだろう。
小さい頃、お正月に遊んだ記憶がかすかにあるだけだ。
もう、凧は現実の玩具ではなくイメージ上のものとなりつつある。

現実からふっと非現実の世界に行くときは、きっとまわりの全てがそれを助長する状態にあると思う。
非現実なまでに、青々とした青空。
日常の惰性を排したような凛とした澄んだ空気。
新年を迎えてのシャキッとした気持ちもあるだろう。

しかし、その中で見た幻は未来の晴れやかなものではなく、過去に基づいているものなのではないか。

ふと、蕪村のこんな句を思い出した。

凧(いかのぼり)きのふの空のありどころ   与謝蕪村 

今の空に上がる凧の背景に、昨日の空を見る。
「ただ一つの凧(追憶へのイメージ)だけが、不断に悲しく寂しげに」時空を貫いてあると、この句から読み取ったのは萩原朔太郎だった。

しかし掲出歌は、空も凧も移ろう。
確かなものはない。岡部さんは自らの幻視をもって、不断だったものへと手を伸ばそうとしたのではないか。
そこで、凧と一緒にどの様な幻を見たのだろうか。


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- 2 Comments

いらくさ  

No title

今年もよろしくお願いいたします。
ブログにお越しくださいまして
ありがとうございます。
嬉しかったです。

2010/01/07 (Thu) 08:29 | EDIT | REPLY |   

utayomu  

No title

こちらこそ!
今年もどうぞよろしくお願いします。

2010/01/07 (Thu) 22:03 | REPLY |   

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