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さくら花幾春かけて老いゆかん…(馬場あき子) @現代短歌の鑑賞101

さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり
 
馬場あき子/『桜花伝承』S52

桜の花も老うのだろうか。ふと思った。
老木に咲きほこる桜の美しさ。
その美しさは、何百年千何百年とこの世に根を下ろしているゆえに現世を超越してしまっているような、人間を圧倒させる風情がある。
しかしその一方で、桜の花の一片は瑞々しくはかなげである。

その二つの側面を繋ぐのは、清らかな水だろう。

桜の花は、その体である老木に清らかな水が巡った、その結果の姿といえる。
老いは花ではなく、その背景にあるものなのだろう。

人もまた、そうなのかもしれない。
常に瑞々しいものを受け入れ、自分自身に巡らせ続ける。
そうして初めて老成は醸し出され、花々が咲き誇れるのだろう。


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