うたよむブログ

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死のことも夜の休息も柔らかき…(稲葉京子) @現代短歌の鑑賞101

死のことも夜の休息も柔らかきやさしき音に「ねむる」と言へり  
稲葉京子/『沙羅の宿から』H4

目覚めることができるのが夜の休息で、それが叶わなくなったものが死。

人間の生きている間の行為である睡眠と、生とは断絶しているはずの死が、「ねむる」という言葉によって同じ位相で語られるとき、そこには「諦念の気分」がたしかにある。

例えば闘病で辛い思いをした人が亡くなった時「安らかな顔をしていた」「笑顔になった」と言うことがある。
今ここで安らかな顔をしているから、死の向こう側でも穏やかなのだろうと。
死の先なんて誰もわからない。だから生の世界の解釈に引き込むのだ。
そしてそのようなやさしい言葉と解釈で、私たちは少しだけ救われた気持ちになって事実を受け入れる。

けれど、どうだろう。
私は東日本大震災の犠牲者に「ねむる」という言葉は使いがたいと感じている。
「ねむる」といわれる死は、いくばくかの穏やかさや救いが伴っているものなのかもしれない。
ここ最近は、言葉にはできない、ねむれない死を考えている。


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